ざくろ色の止まり樹

いまある音楽を楽しむ。

最高の楽器「声」の使い方、スティーブ・ライヒの場合 Part.2

f:id:dkagera:mallet

今回は「ことばを持たない声」にフォーカス。

『ドラミング』『マレット楽器、声、オルガンのための音楽』『18人の音楽家のための音楽』を紹介します。

Part.1はこちらから。

dkagera.hateblo.jp

言葉を持たない、楽器としての「声」:『ドラミング

前回説明した『It's Gonna Rain』にはじまるフェイズ音楽だけど、これが一番成功した作品の一つとして『ドラミング』がある。
フェイズから次の作風の段階に移っていく重要な作品としてよく挙げられるんだけど、わたしは今回も「声」に着目してお話しようと思うよ。

Reich: Drumming (1970-71)
第二部分

1:30くらいから女性のヴォイスが入ってくる。
これまでは、音声の同じ録音テープだけとか、ヴァイオリンだけとか、一曲に使われる楽器や音源は一種類だけしかなかった。かろうじて『Four Organs (1970)』ではマラカスとオルガンが使われているけど、少なくとも、音高と音色のパターンは一種類だったわけだ。
その中で初めて、複数の種類の楽器によるアンサンブルとして書かれたのがこの『ドラミング』である。
この曲は4つの部分に分かれていて、それぞれ要求される楽器は以下のとおり。

第一部分
  • 調律されたボンゴ…4ペア
  • (男性のヴォイス…1)

第二部分

第三部分

第四部分
  • 全ての楽器

こんな感じで、メインは打楽器のアンサンブルになっているのだけど、その音を縁取るように使われているのが、ヴォイス、口笛、ピッコロの三種だ。
ここに出てくる「ヴォイス」というのは、「ヴォーカル」とおそらく区別されているもので、歌詞はなく、口笛やピッコロと同等の楽器として扱われている。

わたしの勝手な印象ではあるが、20世紀までずっと人の声というのは主役であり、ほとんどいつだってことばを伴っていて、重要な役割を持っていたんではないかな?
今でこそ、たとえば映画音楽とかゲーム音楽の中の合唱みたいに、効果音や背景としての声はあるけれど。
この『ドラミング』はそういった「声」の役割というか存在というか、それをひとつ問い直した曲だと思っている。

ヴィブラートのない歌声ってほんといいよね:『マレット楽器、声、オルガンのための音楽

はい!
ここでわたしが特別好きな曲を紹介するよ!
(突然のゆるみ)

Reich: Music for Mallet Instruments, Voices, and Organ (1973)

わたしはね、ヴィブラートのない歌声がたいへん好きなもので、中世の聖歌とかすごく好物なんですよ。
そしてライヒも、そういった歌声を使ってくれるんだよね。
実際、中世の作品を専門とする合唱団のメンバーが、初演や演奏録音をしていたりするしね。

これの楽器編成は以下。
ライヒの公式サイトと違うんだけど、楽譜ではこうなっているみたい。

グロッケンシュピール…2
マリンバ…4
メタロフォン (共鳴管のないヴィブラフォン) …1
女性のヴォイス (オルガンに伴ったロングトーンを担う) …2
女性のヴォイス (マリンバに伴ったメロディパターンを担う) …1
電子オルガン…1

マレット楽器というのは、上の三種の、マレットという専用のバチを使う打楽器のことだね。
ヴォイスは全て女性のを指定されているけど、上に載せた動画ではメロディパターンを担当しているのがカウンターテナーの男性のようだ。
ここでも、「声」は他の楽器と融合して彩度や明度に変化をつけるという役割に終始している。

押し寄せるビート、「パルス」:『18人の音楽家のための音楽

Reich: Music for 18 Musicians (1974-76)

ライヒの代表作のひとつと言っていいだろう。
ロングトーン、メロディパターンと来て、この作品では新たに「パルス」が現れる。
パルスは、同じ音を一定の速さで打ち続ける音群だ。
ピアノも、打楽器も、管楽器も弦楽器も声も、みんな打ち続けて、その中で音を変え景色を変えながら止まることなく流れていく。
一枚の大きなパノラマ写真を見ているようだ。
楽器編成は以下のとおり。

クラリネット (バスクラリネット持ち替え) …2
ヴィブラフォン…1
シロフォン…2
マリンバ…3
ピアノ…4
女性のヴォイス…4
ヴァイオリン…1
ヴィブラフォン…1
マラカス…2

この楽器の選択が巧みだなぁと思うのは、このどの楽器も、フェードイン・アウト、そしてキーワードである「パルス」が効果的にできるものだということ。
ヴォイスなんかは、先ほどの『マレット楽器…』もそうだが、マイクによって増幅されると同時に、口からの距離を調整することによってフェードイン・アウトをより強調できるようになっている。

わたしがライヒの作品を好きなもう一つの理由として、こういった終わりのないような音響に飲み込まれて、それが突然たち消えるときの、なんとも言えないさみしさがある。
まだまだ続くと思っていたのに、ふっと何事もないように音がなくなる、あの瞬間がたまらなくせつない!

今回はことばを持たない声を使った作品を紹介したが、次回はことばを改めて持つようになった声にフォーカスするよ。